コラム

 第26回 純米信仰 (2002.12.5)

 今年の冬は、意外と早くやって来ましたね。11月は、例年になく寒い月でした。これからますます寒くなりそうですが、寒い冬は酒造りにとって最適です。この冬もきっといい酒ができることでしょう。12月5日現在で、もろみを2本仕込み終えました。2本とも大変順調に発酵しております。

 さて、日本酒の種類のひとつに純米酒があります。純米酒とは、米と米麹だけで造ったお酒です。

 酒蔵のなかには、純米酒だけしか造っていないところもあります。こうしたメーカーの潜在的な存在感を多くのメディアが後押しし、近年、純米酒の愛好家がかなり増えてきました。

 米と米麹以外の日本酒の原料に、醸造アルコールというものがあります。醸造アルコールは糖蜜を発酵させて蒸留したもので、味は焼酎(甲類)に似ています。純米酒以外のお酒を造る際には、もろみに規定の範囲内で添加されます。

 純米酒愛好家のなかでも、特に熱心な人たちは、この醸造アルコールを「混ざり物」としてまったく認めようとはしません。純米酒こそが伝統的な真のお酒というのが純米酒熱愛家の立場です。

 「美味しんぼ」54巻では、日本酒が大きく取り上げられました。このなかで、主人公を始め数人でいくつかの酒をきき酒をする話がありました。純米大吟醸と醸造アルコールを添加した大吟醸が登場しましたが、全員が、醸造アルコールを添加していない純米大吟醸の方を評価し、醸造アルコールを加えたほうの大吟醸をことごとくこき下ろしたのです。

 この話のなかには、石川県の酒造メーカー「菊姫」も取り上げられたのですが、「菊姫」はこの一連の記事に対し、純米酒よりもアルコールを加えた吟醸酒の方が優れているとして抗議しました。

 これは、純米酒愛好家である漫画の作者が純米酒を信奉しすぎたために、結果的にメーカーの意図と反する内容となってしまったのでしょう。

 また、こんなエピソードがあります。今年の夏に、ソムリエの第一人者である田崎真也氏の講演会で聞いたことです。ある人が熱心な純米愛好家に、あるワインを飲ませたところ、「こんな美味いワインをのんだことがない」と絶賛したそうです。しかし、実はそのワインはポートワインだったのです。ポートワインとは、ブランデーが添加されているポルトガルの有名な酒精強化ワインです。日本でいえば、醸造アルコールが添加されている日本酒と同じようなものなのです。

 これは、お酒を舌で味わわずに頭で味わったいい例でしょう。

 確かに、戦前までは純米酒が主流でした。戦後間もない頃、醸造アルコールが大量に使われるようになったのは、当時の米不足を補うというものでした。

 しかし、現在の醸造アルコールの意味は明らかに当時のものとは異なります。醸造アルコールを大量に添加すれば、日本酒本来の個性が損なわれますが、少量であれば米がもっている香りを十分に引き出してくれるのです。

 また、醸造アルコール添加の起源は江戸時代にまで遡ります。風味を保持するため、もろみに焼酎を添加していたのです。これを「柱焼酎」といいます。

 純米酒を愛すること、これは決して悪いことではありません。ただ、純米酒以外の酒がコケにされるのは、私達造り手としては大変悲しいことです。日本酒にも多くのタイプの酒があります。自分の好みを決して押しつけず、さまざまな種類の酒と他人の嗜好を尊重する。私はこれこそが、酒飲みの美学だと思うのです。

 燗つけず 酒に対する 観さまし

第27回 無ろ過酒 (2003.5.1)

 お蔭様で今年の酒造りも、無事終わりました。酒の仕込み期間中に禁じていた納豆も、ようやく食べられるようになりました。(コラム第1回参照)

 さて、最近、日本酒のラベルに「無ろ過」という表示を目にする人も多いと思います。

 日本酒の定義は、「発酵させてこしたもの」です。こすとはろ過することですから、厳密には無ろ過という日本酒は市場には出回りません。にごり酒はろ過していないのではないかという質問をよくいただきますが、にごり酒も、もろみを粗い布や金網などでこしてから出荷されます。

 では、無ろ過酒とはどのようなものなのでしょう。一般的には、もろみをこした(しぼった)あとに、活性炭素を用いないお酒と解釈されるようです(活性炭素についてはコラム第2回参照)。活性炭素を使うことで、しぼった後の残ったおりを取り除くことができます。

 逆に言うと活性炭素を用いない場合、酒におりが残ったまま出荷されます。おりが残っていると、酒質が急速に変化してしまいます。特に、加熱殺菌していない無ろ過酒は品質管理が難しいため、一般的には寒冷期のみ販売されることが多いようです。

 滝澤酒造でも大吟醸升田屋などは無ろ過酒です。ただ、瓶詰め後に加熱殺菌しているため、生の無ろ過酒ほど、急激に酒の味が変わるということはありません。とは言いましても、丁寧に仕込んだお酒で繊細な味わいですから、メーカーの立場としてはなるべく冷蔵庫で貯蔵することを希望します。

 生の無ろ過酒の場合、購入する度に味が異なることがよくあります。まして、20度くらいの部屋で1ヶ月もおいておけば、品質は著しく劣化してしまいます。

 無ろ過酒を購入する場合、それが特に生である場合、酒屋さんで冷蔵管理されているのかをよく確認し、店主とよく相談しながら決めたほうがよいでしょう。

無ろ過生 冬は越せども 夏こせず

第28回 酒林(さかばやし) (2003.11.1)

 秋も深まり、昼夜の気温差が一段と大きくなりましたね。ここ数回、コラムを書く頻度が低くなってしまい、申し訳ありません。

 滝澤酒造では今月からいよいよ酒造りが始まります。杜氏も今月13日に入蔵します。酒蔵によっては、杜氏や蔵人が大安や友引の日などに蔵入りして縁起を担ぐところもありますが、滝澤酒造では杜氏の入蔵日に関してこだわりはありません。

 さて、酒蔵の軒先などに球状の大きな玉を見かけたことはありませんか。大きなものでは、直径が80cmほどあります。決してスズメバチの巣ではありません。(私は就職するまでそう思っていました。)

 あの大きな玉は、酒林とも杉玉ともいいます。酒林の3分の1程度の大きさの芯を竹や鉄などで作り、その芯に杉の葉を束ね、はさみで球状に切っていきます。

 なぜ酒林の材料は杉なのでしょうか。これにはいくつかの説があるようです。代表的な説としては、杉の木が日本酒の神様を祭る奈良県の大神神社(おおみわじんじゃ)の神木であるということです。 

 酒林は、酒蔵のシンボル的な存在として店先に飾っている蔵が多いようですが、本来は、新酒ができたことをお客様に知らせるという、古くから伝わる酒蔵の独特の習慣です。愛飲家は、青々とした酒林を見て、今年もうまい新酒ができたのだなと酒蔵を訪れるのです。

 杉玉の 香りかぎつけ 酒求め 

第29回 二日酔いの意味  (2003.12.4)

 いよいよ師走、皆様もお忙しい毎日を過ごされていることと思います。滝澤酒造では、もろみの仕込みが始まりました。今年の第1号の新酒は、12月20日頃にしぼる予定です。

 12月は忘年会の時期でもありますね。翌朝、二日酔いに悩まされることもあるでしょう。以前、フジテレビの「発掘あるある大辞典」という番組で、焼酎が取り上げられました。焼酎などの蒸留酒は日本酒などの醸造酒に比べて、いわゆる次の日に残らないという趣旨でした。

 お酒を大きく分類すると、醸造酒と蒸留酒に分かれます。醸造酒と蒸留酒との違いは、製造過程で蒸留をしないかするかということです。蒸留酒は、もろみを発酵させてそれを蒸留することでアルコール分の高い液体を得ることができます。焼酎やウイスキー、ウオッカなどは蒸留酒に含まれます。一方、醸造酒はもろみを発酵させ、こします。その後、生の状態で出荷するもの以外は加熱殺菌などの工程を経ますが、蒸留はしません。日本酒やワイン、ビールなどが醸造酒です。

 蒸留酒は、蒸留をすることで糖やアミノ酸などの栄養分がなくなり、アルコールのみが抽出されます。一方で、醸造酒はアルコールとともに栄養分が残っています。この栄養分が、アルコールを分解する速度を遅らせるので、番組で放映したとおり、確かに醸造酒は蒸留酒よりも二日酔いしやすいのです。

 番組ではこの点を強調し、あたかも焼酎を善玉、日本酒を悪玉のようにとらえていました。この番組の影響かどうかは知りませんが、現在鹿児島県の芋焼酎に代表されるように空前の焼酎ブームとなっております。対照的に日本酒の消費量は一層落ち込み、現在日本酒業界は有史以来の危機を迎えようとしております。

 日本酒業界に身をおく私としては、この番組に反感を覚えたことは事実です。ただ、それよりももっと大きな疑問をもちました。それは、二日酔いの是非ということです。日本酒などの醸造酒は、二日酔いしやすい。しかし、二日酔いがあるからこそ、過度の飲酒にブレーキがかかるのではないでしょうか。二日酔いしにくいアルコール飲料を大いに奨励すれば、人間の肝臓に大きな負担となるはずです。実際、蒸留酒の消費量の多い地域は肝硬変になる確率が高いというデータもあるそうです。

 もちろん、二日酔いしにくい焼酎やウイスキーなどの蒸留酒を否定しているのではありません。それぞれの酒にはその国や地方の歴史と文化があり、すべてのお酒を尊重すべきだというのが私のスタンスです。

 問題は、飲みやすさから生じる過度のアルコール摂取です。飲みやすいから勧めるのではなく、アルコール中毒や未成年者の飲酒という問題も含め、そこに潜む大きな危険性を消費者に十分に訴えるべきなのです。

 日本酒は並行複発酵という独特の発酵形式により、醸造酒のなかでも極めて高いアルコールを生成し(コラム第16回参照)、しかも栄養分も豊富なため、確かに二日酔いしやすいお酒です。しかし、その二日酔いがアルコールのもつ怖さを私たちに教えてくれるのではないでしょうか。

師走酒 今宵飲む量 丁度良い

第30回 初呑切り (2004.8.6)

 酒の仕込みも終わり、数ヶ月が経ちました。昨年と違い、今年の夏は本当に暑いですね。横浜や浜松では、7月の平均気温が観測史上最高だったようですね。また、北陸や中国・四国地方など全国各地で大雨による災害も多く、地球環境の一層の悪化が懸念されます。

 滝澤酒造では先日「初呑切り」が行われました。呑切りとはタンクに貯蔵された酒が、正常に熟成されているか確認することで、タンクの呑口から少量の酒を出し、香味や色をチェックします。初呑切りとは、酒の仕込みが終わった数ヶ月後に最初に行う呑切りのことをいいます。

 初呑切りは、昔から酒造会社にとって重要な行事です。酒造会社のなかには、現在でも酒販店の人たちや熱心なファンの人たちをたくさん集め、年間の一大イベントとして盛大に行っているところも多いようです。

 さて、酒の貯蔵中に、タンクの中が雑菌に汚染されると、酒は白濁し香味は著しく劣化してしまいます。このようなことがないよう、蔵人たちは酒の貯蔵前に行う火入れには細心の注意を払います。(コラム第6回参照)

 また、火入れのみならず貯蔵中における酒の温度も、酒の熟成に大きな影響を与えます。一般に、低温で貯蔵するほど酒は緩やかに熟成し、雑味のもとになる成分を抑えることができます。初呑切りは、蔵の中にあるすべてのタンクの酒をチェックしますが、同じ条件で造った酒でも、貯蔵条件によって香味がかなり異なることがあります。

 吟醸酒などの高級酒はアルコール分が低く貯蔵中に劣化しやすいため、低温で貯蔵する蔵が多いようです。これは弊社も、同様です。

 各メーカーでは、吟醸酒、純米酒、生酒などいわゆる特定名称酒の割合が増え、醸造技術は進歩しました。このことは、決して悪いことではありません。しかし一方では、消費者の多様な期待に応え最高の状態の製品を提供すべく、巨大な冷房装置を設けるなど、莫大な電力を使っている蔵も少なくありません。こうしたエネルギーの膨大な消費が地球環境を悪化させていることは明らかです。

 日本酒業界だけでなく、さまざまな業界でこのような消費者の過度の要求に応えるために、多くのエネルギーを消費しています。

 私達は現代社会の中で、常により快適なもの、より美味しいもの、より便利なものを求めています。こうした要求をこのままし続けてよいのでしょうか。私達は、掛け替えのない大事なものをなくしてしまうのではないでしょうか。

呑を切り 手元に落ちる 額の汗

 

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