コラム

第16回 並行複発酵(2001.4.18)

 日本酒を外国人に説明するときに、ライスワインまたはライスビアーと訳す人がいますが、これは正確ではありません。

 お酒の発酵において、アルコールを生成するのは酵母という微生物ですが、酵母の直接の栄養源となるのはブドウ糖などの糖です。日本酒の原料である米は、デンプン質であるため、デンプンをブドウ糖に分解してやらないと、酵母はアルコールを作りません。その役割を果たすのが、麹です。

 日本酒のもろみでは、麹によって米のデンプンをブドウ糖に分解する糖化という工程と、酵母によってブドウ糖をアルコールに分解する発酵という工程が同時に進行します。これを並行複発酵といいます。

 一方、ワインの原料であるぶどうは、そのものが糖質であるため、原料を糖化する工程はなく、タンクの中では、発酵のみ起こります。これを単発酵といいます。

 ビールの場合、原料の麦はデンプン質なので、日本酒と同じように原料を糖化する必要があります。その役割を担うのが麦芽です。ただし、ビールの場合は、一旦糖化を完了させた後に、酵母を添加し、発酵を行わせます。つまり、糖化と発酵は同時に起こりません。これを、単行発酵といいます。

 日本酒のような並行複発酵は、高濃度のアルコールを生成するのに最良の方法であり、世界にも類を見ません。

 日本酒はライスワインでもなく、ライスビアーでもなく、まぎれもなく「サケ」なのです。

 もうすぐ、新緑が美しい季節になりますね。ゴールデンウイークも近づいてきましたね。皆さんのなかには、9連休という人もいるのでしょうね。それまで、お仕事がんばってください。

待望の 黄金週まで あと糖化 

 ちょっと、寒いかな。


第17回 種麹(2001.6.26)

 前回のコラムでは、並行複発酵を紹介しました。並行複発酵とは、1つの容器のなかで、糖化と発酵が同時に進行するということでしたね。

 日本酒のもろみにおいては、麹が糖化の役割を担います。麹は、30度もある暑い部屋のなかで、約2日間に渡って造られます。麹造りの際、最初に、蒸し上がった米の上に麹菌を撒きます。これを種付けといいます。

 左の写真は、種付けを行っているところです。

 麹菌は種麹とも呼ばれ、数社のメーカーから、販売されています。

 種付け時の種麹の種類、量、種付けの方法は各蔵によって異なり、酒質を決定する大きな要因となります。

 

 また、しょうちゅうや泡盛にも麹は使われますが、しょうちゅうに用いられる麹菌と日本酒に用いられる麹菌とは、大きく異なります。しゅうちゅうに使用されるのは、黒麹菌というものです。黒麹菌は、クエン酸を多量に生成するので、黒麹菌によって造られた麹は、酸っぱい味がします。

 なお、黒麹菌は文字通り黒い色をしていますが、作業上の不便性から、黒麹菌の仲間で、白い色の麹菌も開発されています。こちらもやはり、クエン酸を多く生産しますが、このクエン酸が雑菌を淘汰します。九州や沖縄などの暑い地方では、雑菌が繁殖しやすいので、このクエン酸が大活躍します。

 一方、日本酒には黄麹菌というものが使われます。黄麹菌は、黒麹菌のようにクエン酸を生産しないため、日本酒造りは、常に雑菌に汚染されやすい環境で行われます。昔から、雑菌が繁殖しにくい冬期に酒造りをするというのも、この黄麹菌の性質によるところが大きいのです。

 日本酒は、麹で酒質が決まるといわれます。繊細な黄麹菌が造る酒だからこそ、きれいな味わいのある日本酒ができるのです。麹造りは、本当に難しいです。大吟醸の時期は、どの蔵でも、杜氏さんがや麹屋(麹造り担当者)さんが神経を使いすぎて、やつれてしまうほどなのです。

 梅雨に入り、仕込んだ酒も熟成し、ますますおいしくなります。冷酒がおいしい季節になりましたね。

 雨ながめ 麹の気持ちは つゆ知れず


第18回 家付き酵母(2001.8.6)

 今年の夏は、本当に暑いですね。菊泉のある深谷市は、全国でも特に暑い地域で、気象観測所のあるお隣り熊谷市は、しばしば最高気温が全国1位を記録します。

 さて、前回のコラムでは、麹菌を紹介しました。麹の働きは、並行複発酵における糖化です。並行複発酵とは、日本酒特有の発酵形式ですが、1つのタンクの中で、糖化と発酵が同時に起こることです。(並行複発酵の詳細については、コラム16に記してあります。)

 今回は、酵母を取り上げます。麹は、米のもつデンプンをブドウ糖に分解しますが、酵母はブドウ糖をアルコールと炭酸ガスに分解します。酵母は、アルコールを生成する卵形の微生物で、大きさは約5ミクロンです。

 一般的に、酵母は酒母造りにおいて使用されます。酒母は、仕込み量全体の約7%の米を用いて造られますが、その第一の目的は、酵母を大量に生産することにあります。酒母造りが終わった段階で、酵母の量が十分でないと、次のもろみの仕込みにおいて、酵母の密度が小さくなり、もろみが雑菌に汚染されやすくなってしまいます。

 現在、ほとんどの酒造場では、日本醸造協会などにより純粋培養された酵母が使われていますが、酵母を純粋培養する技術のなかった明治期以前は、もろみが腐ることも珍しくありませんでした。現在では、あらかじめ多量に培養された酵母を添加するので、以前よりは、もろみが汚染される危険性は低いのです。

 明治期以前の酒造りは、自然界に存在する酵母を利用していました。空中から飛来する酵母によって、アルコールが生産されたのです。長年に渡って酒造りを行うと、酵母はもろみの飛沫という形で酒造場の床や壁に付着して生存し、酒造期になると、酒母に飛来して、増殖するのです。これを家付き酵母といいます。

 昔は、良酒が醸造される酒蔵は、優良な家付き酵母がたくさん住んでいるといわれていました。家付き酵母の量が少ないと、雑菌が繁殖しやすくなり、酒蔵にとって致命的となります。家付き酵母は、酒蔵にとって神様のような存在だったのです。

 蔵の神 タンクの下で 涼をとり




第19回 きょうかい酵母(2001.9.27)

 秋分が過ぎ、虫の声がますます美しくなるこの季節、蔵内の酒は、程よく熟成し、味が丸みを帯びてきます。これを秋上がりといい、今は燗酒がおいしくなる季節でもあります。(コラム第13回参照)

 さて、前回のコラムのテーマは家付き酵母でしたが、今回は、現在使われている酵母について触れたいと思います。現在、日本醸造協会を中心に、さまざまな種類の酵母が頒布されています。以下の表は、日本醸造協会が所有する主な酵母です。

酵母

採取場所

頒布年
きょうかい 1号 桜正宗 (兵庫) 明治39年
きょうかい 2号 月桂冠 (京都) 明治末
きょうかい 3号 酔心 (広島) 大正3年
きょうかい 4号 広島地方 大正4年
きょうかい 5号 広島地方 大正14年
きょうかい 6号 新政 (秋田) 昭和10年
きょうかい 7号 真澄 (長野) 昭和21年
きょうかい 8号 醸造試験所 昭和37年
きょうかい 9号 熊本県酒造研究所 昭和43年
きょうかい 10号 東北地方 昭和52年


 例えば、きょうかい7号は、宮坂醸造株式会社(真澄)にすみついていた家付き酵母を採取し、そのなかから、優良なものを純粋培養しています。なお、現在、きょうかい1号から5号までときょうかい8号は、頒布されていません。

 これらの酵母は、酒母やもろみで泡を形成するのですが、泡を発生しない酵母も開発されています。例えば、きょうかい7号と同じ性質をもち、泡を形成しないのはきょうかい701号として、同様にきょうかい601号、きょうかい901号、きょうかい1001号も発売されています。ちなみに、弊社では、きょうかい901号をもっとも多く利用しています。

 各県の工業技術センターなども、さまざまな酵母を開発しています。数年前に話題になったアルプス酵母は、長野県が開発したのですが、長野県の酒造場を中心に、多くの酒造場で使われています。埼玉県でも、芳醇な香りを発する酵母が開発されており、弊社でもその酵母は、大吟醸の仕込みに使われます。

 酵母は酒質を決定する大きな要因のひとつです。目標とする酒質にするために、慎重に酵母を選ばなければならないのです。

 最近は、涼しくなってきたので、体調が良く、ついつい日本酒を飲みすぎてしまいます。晩酌の後に、うとうと眠ってしまうこともよくあります。でも、やはり、飲みすぎは禁物。皆さんも、気をつけてくださいね。

 鈴虫の 声で目覚める 午前2時


第20回 酒造好適米(2001.11.27)

 いよいよ師走、忙しい時期がやって来ますね。朝晩もかなり冷え込んできました。滝澤酒造では、11月13日に杜氏と蔵人が入蔵し、酒造りが始まりました。

 さて、酒は、いうまでもなく米からできていますが、酒造りに使われる米(酒造好適米)は、皆さんが普段食べている米と味、形状などいくつかの点で異なります。

 酒造好適米は、飯米よりも規格が厳しく、その分、高価で取引されます。一般的には大粒で、米の中心部にデンプンがぎっしり詰まった「心白(しんぱく)」という白色不透明な部分があります。心白部分が多いほど、吸水性が良い、麹菌が繁殖しやすいなどといったメリットがあり、酒造りに適しています。

 米の外側には、タンパク質や脂肪分が多く含まれるのですが、飯米はこれらの割合が少なく、酒造好適米は多いという傾向があります。過度のタンパク質や脂肪分は、酒の雑味のもととなるので、これらの割合の少ない米が好まれるのです。ただ、酒造好適米は、必ずしも食べるにはおいしい米ではありません。

 現在、全国各地でさまざまな種類の酒造好適米が作られています。下表に、おもな品種を記します。

都道府県

品種

都道府県

品種

都道府県

品種
青森 華吹雪 石川 五百万石・北陸12号 兵庫 山田錦・五百万石・フクノハナ
岩手 美山錦 福井 五百万石・おくほまれ・九頭流 奈良 露葉風
宮城 美山錦 山梨 美山錦 鳥取 フクノハナ・五百万石・幸玉
秋田 美山錦・吟の精 長野 美山錦・金紋錦 島根 フクノハナ・改良雄町・幸玉
山形 美山錦・出羽燦々 岐阜 ひだほまれ・ひだみのり 岡山 山田錦・雄町
福島 五百万石 静岡 若水 広島 雄町・八反・八反錦1号・八反錦2号
群馬 若水 愛知 若水 山口 山田錦・五百万石
埼玉 若水 三重 五百万石・山田錦 福岡 山田錦・五百万石
新潟 五百万石・たかね錦 滋賀 玉栄 佐賀 西海134号
富山 五百万石 京都 五百万石・美山錦 熊本 山田錦


 このなかでは、大吟醸の仕込みに最も多く使われる兵庫県産の山田錦が有名だと思います。山田錦は酒造好適米のなかでも特に高価です。ましてや、大吟醸の仕込みは米の半分以上を削ってしまうのですからね。何とも贅沢なお酒です。

 滝澤酒造では、今月中に第1号の酒母が完成し、もうすぐ、もろみの仕込みが始まりす。12月に入ると、毎朝、心白部を多く含んだきれいな米が、釜の上からたくさん蒸されるのです。

 酒蔵の 大釜の上に 雪積もり


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