コラム

 第31回 チューハイ (2004.12.21)

 滝澤酒造では先月から酒の仕込みが始まりました。昨年同様に暖冬傾向のため、もろみの温度管理には苦労しておりますが、どのもろみも順調に発酵しており、いよいよ初しぼりを迎えようとしております。

 さて、忘年会シーズンも終盤に入りましたが、チューハイを飲まれている方を最近よく見ます。チューハイの語源はしょうちゅうをハイボール(炭酸水)で割ったものということですが、現在は果汁やウーロン茶などをしょうちゅうやウオッカで割ったアルコール飲料という意味で使われることが一般的です。ここでも、後者をチューハイとさせていただきます。

 チューハイは、その飲みやすさから若い世代を中心に受け入れられています。チューハイを飲まれる方は、酒の味を楽しむというよりは明らかに果汁などの味を楽しんでいます。ジュースの延長線上にあり、心地よく酔えるお酒として飲まれているのではないでしょうか。

 一方で若年層の人たちにとっては、日本酒は「格好悪い」「二日酔いしやすい」など飲みにくいお酒の代名詞として捉えられいるようです。こうした若年層の日本酒離れが進み、現在、日本酒消費量の落ち込みは業界にとって深刻な問題となってます。

 チューハイがお酒の入門でり、日本酒は奥義であるといったら語弊があるでしょうか。「若いときにチューハイを飲み、年をとると日本酒を好むようになる。」日本酒業界に身をおく私としては、チューハイをそのように考えていますので、日本酒の需要減退ということに関しては決して悲観的にはなっていません。

 話は戻りますが、最近のチューハイは容器に「酒」と明示してあり、コンビニエンスストアーなどでも酒類売場と清涼飲料水売場は明確に分けられておりますので、未成年者がチューハイを清涼飲料水と誤飲することはまずないでしょう。しかし、その飲みやすさゆえに未成年者の飲酒に拍車をかけていることは事実です。未成年者は酒類と分かっていてチューハイを飲んでいるのです。

 第29回コラムでも触れましたが、飲みやすさゆえの危険性をメーカーは、今以上に認識すべきではないでしょうか。いくら、未成年者が飲酒しにくい環境を整えても、チューハイの商品コンセプトそのものを変えない限りはこの問題は解決しないような気がします。

 燗酒で 青き飲酒に 忠言し

 

第32回 酒類総合研究所 (2005.6.13)

 お蔭様で、滝澤酒造では独立行政法人酒類総合研究所(広島県東広島市鏡山)が主催する2005年全国新酒鑑評会において、弊社大吟醸升田屋が昨年に続き金賞を受賞いたしました。この全国新酒鑑評会は、酒類総合研究所や都道府県研究機関の職員、国税庁関係者、日本酒製造業者などが審査員となり、全国各地の酒蔵から出品された最高の技を結集したお酒を審査します。出品された約1000点のうちの約半数が入賞し、さらに入賞酒の中から約半数が金賞に選ばれます。この全国新酒鑑評会は日本酒のさまざまなコンテストの中でも最も権威あるものとされており、明治44年の第1回の鑑評会から今年で93回を数えます。

 今年の一般公開は5月26日にあり、私も6年連続して広島へ行ってきました。例年もそうですが、公開会場では出品されたすべての酒を利くことができるとあって、当日は業界関係者や報道関係者などがつめかけ、熱気に満ちておりました。

 全国新酒鑑評会が開催される酒類総合研究所は、かつては大蔵省や国税庁の管轄下にあり、明治37年の開設から平成7年まで約90年間は東京都北区滝野川にありました。平成7年に、行政機関移転等の一環として、現在の広島県東広島市に移され、国税庁醸造研究所と名を変えました。平成13年からは、中央省庁等改革のひとつとして、独立行政法人酒類総合研究所となり、現在に至っております。

 酒類総合研究所では、日本酒、ビール、ワインなど幅広い酒類の研究がなされ、酒類製造関係者の製造技術向上に大いに貢献しております。また、明治38年から現在に至るまで、酒造会社の子弟や技術者を集め、数ヶ月間醸造講習を行っています。

 受講者は、全国各地の酒蔵から参加するため、ほとんどが寮生活を送ります。私も、平成9年から10年にかけて、当時の国税庁醸造研究所の第91回酒類醸造講習に参加し、東広島市で寮生活を送っておりました。この間寝食をともにした多くの仲間が日本全国にでき、私にとって広島で過ごした期間は大変貴重であり、有意義でした。

 明治38年に始まった醸造講習の全受講者が約3400名にも上り(酒類総合研究所創立100周年記念DVD)その他多くの酒類メーカーが研究員となっていることからも、私たち業界関係者にとって酒類総合研究所がいかに重要であるかということがわかります。

 昨年は、酒類総合研究所は創立100年を迎えました。日本酒業界が低迷している現在、今後も酒類総合研究所がますます発展することを願ってやみません。

 滝野川 西に流れて 鏡山

第33回 なぜシャンパン? (2006.1.16)

 新年明けまして、おめでとうございます。今冬の寒さは大変厳しく、酒の仕込みにとっては絶好のコンディションです。1月9日からは大吟醸の仕込みも始まり、外気の寒さとは対照的に蔵内は熱気を帯びております。大吟醸で使う米は、「心白(しんぱく)」という白色不透明な部分が米の中心部にあるのが特徴で、米粒が半分以下になるまで表層を削り取ります。精米後の白米は水晶のように白く、心白がはっきりと見えるようになります。

 さて、昨年11月15日、紀宮清子さんと黒田慶樹さんが結婚され、帝国ホテルにて披露宴が行われました。殺伐とした話題が多かった昨年では、ひときわ明るいニュースであったと思います。披露宴では石原東京都知事の挨拶の後、シャンパンで乾杯をしました。また、引き出物はボンボニエールという菓子入れだったそうです。

 なぜ、このような国民的な行事で外国のお酒で乾杯し、外国の引き出物を用いるのでしょうか。それらが、お二人のご意向でしたら何も問題はありませんが、そうでないならば甚だ疑問です。

 日本酒の歴史は古く、紀元前後より米を利用した酒造りが行われたといわれています。宮中の行事には、古来より日本酒は欠かせないものです。もちろん、現在でも皇室の行事に日本酒は使われておりますが、それは形式的なものであります。

 例えば、諸外国の要人が来日したときに行う宮中晩餐会などでもシャンパンやワインが使われることが多く、天皇陛下や首相が日本酒で乾杯している姿はなかなかお目にかかれません。

 なぜ、日本文化の象徴である米、その米で作った日本酒を国の行事に用いないのでしょうか。ご存知のようにシャンパンは日本の酒ではなく、フランスの酒です。確かに、シャンパンは日本酒により高価なものが多いです。高価なものを用いて、大切なお客様を接待するということはわかります。

 しかし、日本酒特に吟醸酒は厳選された米を極限まで精米し、多くの複雑な工程を経て造られます。醸造過程で起こる並行複発酵(コラム第16回参照)は世界でも類をみません。日本酒がシャンパンに比べて価格が低いのは決して品質が劣るということではなく、優れた技術をもつ酒をできるだけ多くの人に提供したいという表れだと思います。是非、日本文化の粋を集めた日本酒を諸外国要人に飲ませていただきたいものです。

 文化や価値観は周囲の影響を受けながら、時代とともに推移していくものでしょう。ほとんどの人は開国前の江戸時代ような生活は望んでいないでしょう。食べ物、ファッション、住まいなどライフスタイルは、多くの部分で欧米化されています。

 ただ、そのなかでもいにしえより変わらず存在しているものがあり、それが私たち日本人の生活の「心白」であってもいいですよね。

 杯を上げ 造りておもう 米ごころ

第34回 群馬泉 (2006.8.28)

 残暑厳しい季節いかがお過ごしでしょうか。菊泉のあるここ埼玉県北部は三方を山に囲まれ、熱気がたまりやすく、連日大量の汗をかきながら、仕事をしております。皆様も熱中症には充分お気をつけください。

 さて、今年2月5日群馬県太田市にある島岡酒造株式会社(代表銘柄群馬泉)で大火事が発生しました。折からの強風にあおられ、仕込蔵と貯蔵蔵の多くを消失してしまいました。

 私と同社の専務取締役である島岡利宣(としのり)氏は、広島県にある当時の酒類総合研究所における同期の講習生であり、かつ同年代、また同じ研究室に配属されたことなどから、広島では大変親しくさせていただいておりました。

 また、弊社のある埼玉県深谷市と島岡酒造の群馬県太田市は、利根川をまたいで隣接しており、自動車で30分足らずという近距離にあることから、酒類総合研究所を退所してからも、しばしば情報交換会という名の飲み会をしております。

 その島岡氏の蔵元が大火災に見舞われたと聞いたときは本当に驚きました。死傷者がいなかったということが不幸中の幸いでしたが、1週間後見舞いに訪れたときはあまりの惨状に言葉を失いました。

 社長をはじめ、ご家族は意気消沈しており、顔には疲労の色が濃く出ておりました。ただ、そのなかでも島岡利宣氏は事態を前向けに考え、再建を固く決意しておりました。もともと底抜けに明るい性格の持ち主ではあるのですが、それにしても火災のショックは相当大きかったはずです。そんな彼が遭難後まもなく、蔵の復活を誓ったのは大変頼もしく思えました。

 火災から約半年経ちましたが、その間の苦労は相当大きなものであったと思います。島岡酒造の酒はそのほとんどを伝統的な山廃仕込み(コラム第14回参照)という独特の製法で造っており、その酒質は全国の多くの群馬泉ファンに愛されています。

  また、群馬泉は酒質のみならず経営理念や製造方法など、同業者からも一目置かれており、同じ群馬県のある蔵元は火災後まもなく「群馬泉を造り続けて欲しい」と島岡社長に直訴したそうです。もちろん私も同感です。

 群馬泉創業以来の大災害に遭われてから約半年、島岡社長や島岡専務の並々ならぬ再建への意気込みと取り組みの結果、今、蔵のほとんどの建物や設備が機能を回復しようとしております。11月には杜氏や蔵人が入蔵し、今までと変わらぬ群馬泉を造っていくことでしょう。

 私はこの半年間で、群馬泉から大きな勇気と誇りをいただいたような気がします。もちろん、これからが群馬泉の正念場でしょう。本当に微力な私ですが、お互いに切磋琢磨し、今度は群馬泉に力を与えられるようここに誓います。

 利根はさむ 泉飲み干し 暑気払い

第35回 さけ武蔵 (2007.4.1)

 桜も咲き始めたこの季節、いかがお過ごしでしょうか。滝澤酒造では、今年の酒造りは3月21日をもって無事終了しました。先日、埼玉県杜氏会の総会に招待していただき、県内各蔵の杜氏さんたちと話をしましたが、今季の酒造りはどの蔵も暖冬で苦労したようです。酒造りを始めてからこんなに暖かかったのは今までになかったと話す杜氏さんもいました。

 同会では、この冬に仕込んだ県内各蔵の吟醸酒の審査発表も行われ、私自身もきき酒をしましたが、概ね例年と変わらぬ素晴らしい酒質でした。仕込み水の温度を冷やしたり、氷を多用してもろみの温度を冷やしたりと創意工夫でこの冬をのりきったようです。

 さて、埼玉県では平成16年に「さけ武蔵」という酒米が開発されました。「さけ武蔵」は「若水(わかみず)」を父に、「改良八反流(かいりょうはったんりゅう)」を母にもつ大粒の品種です。「心白(しんぱく)」という米粒の中心に円形の白い不透明部分があるのが特徴で、この部分にデンプンがつまっているため、酒造りに大変適した米です。この冬でも、県内13の酒蔵が「さけ武蔵を」を使いました。

 「さけ武蔵」は米自体がやわらかく精米時や洗米時に割れやすいので、扱いにくい面もあるのですが、もろみ中でよく溶けるので味の幅のある酒になります。先週は「さけ武蔵」を用いた酒の新酒発表会が埼玉県熊谷市内のホテルで行われ、私も参加しました。13銘柄すべて試飲しましたが、この時期は概して新酒固有の硬さが残る酒が多いのですが、「さけ武蔵」に関しては、全体的にやわからい口当たりでキレのよい酒がほとんどでした。弊社の酒も今まで使っていた米のよりはまろやかな酒質になりました。

 「さけ武蔵」は埼玉県で初の酒造好適米です。地酒の定義は非常に難しいですが、地元の米、地元の水を使って仕込むのが本来の地酒であると思われます。酒米としてはまだまだ未知数で不完全な部分もありますが、今後その特性を十分に研究し、さらなる酒質の向上に努めたいと思います。

 花見酒 米から伝う 切れのよさ

  

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